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地図は苦手だけど、路線図は好きらしいよ。

わたしの忘備録。備忘録。。。

兵庫でも手話を使っているらしいよ。

今週末は、出身大学の推薦入試があるらしい。

 

5年前のあの日、私は聴覚障害による受験上の配慮願いを持っていた。

お願いした項目は確か

・座席の配慮

・試験上の注意の文書化

だったはず。

 

控え室で、同じ紙を持った補聴器をつけた女の子と出会った。

彼女をAちゃんとする。

Aちゃんはさも当然かのように私に手話で話しかけてきた。

私は、手話がわからない。

なんとか大きく口を開けて話をしたような気がする。

確か「この配慮願い、いつ誰に出すんだろう」みたいな内容。

翌日の帰りのバスも一緒になったからケータイのメール画面を使って筆談をした。

今でも私のガラケーにあの時の会話が残っている。

ろう学校で育ったAちゃんにとって、

聴覚障害があるのに補聴器もつけないし手話もできない私のような人に出会ったのは

初めてだったそうだ。

筆談をすると表情が読めないし、会話の進みも遅い。

Aちゃんは口話もできたけどやっぱり会話をスムーズに展開するには手話が必要だ。

あの時の私は「Aちゃんのために」手話を覚えたいと思った。

 

大学に入学すると、同級生にはもう一人聴覚障害学生がいた。

彼女をBちゃんとしよう。

彼女も手話や指文字を主なコミュニケーション方法としていた。

つまり私の学年には私を含めて3人の聴覚障害学生がいたわけだが

手話ができないのは私だけだったし口話ができないのはBちゃんだけだった。

私は手話を、Bちゃんは口話を練習するようになった。

友達と深く話をするのに通訳がついたり、筆談をしないといけないのって

結構めんどくさいじゃん。

でもやっぱりこの時の私も「Bちゃんのために」手話を覚えたいと思った。

 

あれから5年。

大学を卒業して、私は周りに聴覚障害学生がいない環境にやってきた。

つまり、高校までと同じ環境。

あの頃の私は手話がなくても十分生活をしていた。

情報保障もなかったし補聴器もつけていなかった。

それでも今の私は手話を使っているし、情報保障も受けているし補聴器も使っている。

手話を覚えたきっかけは友人2人の存在のおかげだったけど

手話があることで会話の内容がわかるようになったのは私も同じだった。

「あなたも聞こえないんだよ」って最初に言われた時は違和感しかなかったけど

今思えば私も聴覚障害者なんだなぁって思ったり。

 

最近、周りの友達が手話に興味を持ってくれて

手話を交えて会話をする機会が増えたり

私が知らない音の世界を伝えてくれる機会ができた。

友達は「手話を覚えるのが楽しい」と言ってくれるし

私も音の世界を知ることがとても楽しい。

 

私の出身大学は常に聴覚障害学生が複数名存在していて

生活の中でコミュニケーションをとる機会が多かった。

毎年のように聴覚障害学生が推薦入試で大学に入ってくる。

今年はどんな後輩が入ってくるんだろうな。

なんて思いながら「今週末は推薦入試」のツイートを眺めていたのでした。