読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

地図は苦手だけど、路線図は好きらしいよ。

わたしの忘備録。備忘録。。。

音のない世界ときこえる世界のはざまで、ぐるんぐるんしてるらしいよ。

昨夜は、「3週連続ジブリ」にはまって毎週金曜ロードショーにくぎ付けになっていました。

先日、初めてなんばという大阪の街に降り立ってみました。

なんだかとても面白そうなところだったんだけども迷子になるのが怖くて

無印となんばシティにしか行けなかった小心者です。

新しいものってなんだか惹かれるけど、毎回怖気付いて同じことしかできないでいる。

ドイツ語に「Warmduscher」って言葉があって「少々弱虫で自分の領域から出ようとしない人」を指すらしいんだけど、まさにそんな感じ。

でも、せっかく関西に住んでるんだから、もうちょっと頑張ってみよ。

あ、初めて食べた551の豚まん、とっても美味しかったです。

お腹空いてたから泣いちゃいそうなくらい美味しかった。

ホントはおしゃれにスタバのピーチなんちゃらフラペチーノ飲もうと思ってたのに

空腹に負けたのです。

ま、豚まん食べたことに後悔はしてないよ。

 

初めてなんばに出たこの日は、音のない世界に顔を出しに行っていたのでした。

 

私は生まれた時から音のない世界を知っているはず。

 他の住人とすれ違ったことはあるんだろうけど、

まさかその人とわたしが同じ世界に住んでいるとは思わなかった。

例えば、中学の時に交流で行っていたろう学校の同級生とか。

 

正確には、私が住んでいるのは完全に音がない世界ではない。

私なりにきこえる音の世界と

きこえる人を前にしたときにやっぱりきこえない音の無い世界

のはざま。

完全に音の無い世界を知ることも完全にきこえる音の世界も知らないのが正直なところ。

でも、大学に入るまではわたしはきこえる世界の住人だと信じて疑わなかった。

だって、わたしの周りはきこえる人であふれていたし音声言語だけで生活していたのだもの。

 

大学に入って、私は初めて音のない世界の住人と面と向き合って話をした。

そしたら、私が「完全に音のない世界」の住人だと思って変に壁を作っていた相手も

補聴器をつけるかつけないか、

手話をする人とのコミュニティにいるかどうでないか、

そんな感じで音のない世界と音のある世界を行き来してるんだってことを知った。

 

私は、2つの世界の狭間っていうポジションを、

とっても中途半端だなって思っていた。

今もちょっと思っている。

私って、宙ぶらりんだなって。

そんな中途半端で宙ぶらりんな自分が嫌になっちゃう時がある。

あー、普通に聞こえる人だったらなぁ

とか

あー、まったくきこえなくなったらなぁ

って。

 

「まったくきこえなくなりたい」なんて不謹慎だって言われちゃうかもしれないけど

でも、宙ぶらりんよりは自分の状態をもっと上手に伝えられるんじゃないかなって。

あと、音がする方の耳を下にして寝っ転がって

ぼーっと空を見たり、ぼーっと考え事をする時間が好き。

静かな世界で、自分の今思っていることをぼーっと考えられる。

何にも邪魔されない時間が、何よりも好き。

 

「音のない世界」で手話でお話をするのも好き。

だって、音がいっぱいあって混乱することもなければ

相手が必ず顔を見ていてくれるから、相手の表情がちゃんと分かる。

新しく単語を覚えるたびに、私の中での思考の世界が広がっていく。

すっごく安心できた。

 

 新しい世界を知ることで、きこえる世界で必死に生きてきた自分を否定したくなったこともある。

 あんな不完全なきこえる世界にしがみついていたわたしはなんだったんだろう

と。

しがみついていたというか、その世界しか知らなかっただけなんだけども。

音楽を聴くことだって音声でおしゃべりをすることだって嫌いじゃないし

カラオケだって行く。

(ちゃんと、きこえないってわかっている人とじゃないと音痴を晒すのが恥ずかしくて行きにくいんけども。)

でも、音のない世界でいろんなことを知っていく中で

わたしのいたきこえる世界は、ますます不完全になっていった。

 

でもある日、ある人に

「きみのいる世界ってとってもおもしろいね」

って言われたのです。

私がこんなにも中途半端でなんとも言葉に表せなくてもどかしくてどうしようもなかったこの世界を「おもしろい」と言われたのです。

 

なんだかその瞬間、一気に力が抜けたような気がしたの。

私なりの「音のない世界」もそれはそれで一つの世界なのかなあ

なんて思って。

 

手話でお話をしているときのわたしも

音楽を聴いているわたしも

声でおしゃべりするわたしも

こうやって文を書いているわたしも

わたしのまんまでいっかな。

声でおしゃべりするときに、相手にはわたしの顔を見ていてほしいけどね。

口や表情が読み取れないのはやっぱり不安だし。

 

大学院に入って、きこえる世界にいる時間が圧倒的に多い。

でも、音のない世界を知ってしまった以上は正直恋しくなるの。

音のない世界が。

でもね、こうやって2つの世界を行ったり来たりできるってちょっと贅沢な感じもするようになってきたよ。

意図せず行き来せざるをえない時はちょぴっとストレスなんだけども。

 

そしてね、最近きっと他にもいろんな世界があるんだろうなあと思うようになったのです。

わたしが初めて手話を知って、使えるようになって世界が広がったように

もっとたくさんの世界がこの世にはあると思うのです。

正直、英語なんて意味わかんないと思っていたし

ずっと日本で暮らすんだから日本語さえできればいいと思っていたけど

他の世界を知る楽しさを知ってしまったので

他の世界も知りたいなあと思ってたり。

 

でもきっと、Warmduscherなわたしは

きこえる世界と音のない世界だけでいっぱいいっぱいだし

どっちも宙ぶらりんじゃなくって、やっぱりもうちょっと音のない世界を知りたいから

こうやって大学院にいるのかもね。

 

ちょっぴりでいいから、ゆうきがほしい。

あと、願わくばおとなっぽさ。

うふふ。