地図は苦手だけど、路線図は好きらしいよ。

わたしの忘備録。備忘録。。。

偶然と必然は紙一重、らしいよ。

私はよく転ぶのですが、先日の保育健康論の講義で、なんと、右足に土踏まずがないことが判明しました。

歩くの結構好きなんだけどな。

寮ではスリッパじゃなくて草履を履いちゃうくらい気を使ってるつもりだったんだけどな。

 

先日宣言させていただいた青春18切符の旅から、無事帰還しました。

(帰還っていっても、2週間くらい前に)

西は加古川線、東は東北本線まで乗りました。

(5回にわけたけど。)

ある人から

「電車、本当に好きなんだね。もしくは、暇なんだね。」

とコメントされましたが。はい。まぁ、実際のところ両方ですよね。

(嘘です。調子乗りました。まだ試験も終わってないし研究もやることだらけです。)

最近行きたいのは、埼玉の鉄道博物館です。

京都の鉄道博物館もそれなりに楽しかったけど、

(寝坊したり交通手段の選択ミスったりネコと戯れたりしたせいでなぜか1階しか見れなかった)

JR東日本の方がやっぱり馴染みがあるから埼玉に行きたい。

(この前、ヒルナンデスで特集されてたのが決め手でしたね。メディアの影響、受けまくり。)

 

今回の青春18切符の旅、ちょっと漫画みたいなことが起こったので

私の忘備録、いや備忘録として記録しておきます。

えへへ。

 

それは、草津滋賀県)から東京都内へ移動するときのこと。

静岡駅で313系に乗車し、ちょっとはしゃいで車窓から見える線路をカメラにおさめ一息ついた私の目の前に、何やら見たことのある人が座っていたのです。

 

 

 

・・・。

 

ちょっと目を細めてみる。

 

(あ、やっぱり・・・)

 

ちょっと、手を振ってみる。

 

(気づいてくれない)

 

もうちょっと大きく手を振ってみる。

 

(やはり、気づいてくれない)

 

しびれを切らしたわたしは電車の中だというのにそれなりに大きな声で

「ちょ!おにいちゃん!!」

と呼びかけてみる。

 

ロングシートの向かい側に座っていた男性が、目を細めたと思ったらすぐに目を見開いた。

そして、笑い始めた。

 

「ちょ!なんでここにいるの?」

 

 

 

 

はい。

ロングシートの向かい側に、わたしの叔父が座っていたのです。

東京在住のはずの叔父です。

 

我が家の電車大好きは、母方の祖母・叔父ときてわたしまで受け継がれているわけなのですが、その叔父が何と同じ車両に乗っていたのです。

いやー、話を聞けば叔父は大阪からいそいそと青春18切符で旅をされていたそうで・・・。

 

 静岡から新宿まで、たぶん道中の3分の1くらいを叔父と過ごしたのでした。

 

偶然なのかな。

必然なのかな。

まぁ、どっちでもいいんだけど、きっとこの2つは紙一重なんだと思う。

あと、これが重なるのはきっと運命なんだと思う。

運命は、直感でわかるのかもしれない。

それだったら、信じた直感を大事にしたいなぁと思う。

もしかしたら、あとから振り返ってみて「あぁ、これって運命なのかもしれない」ってなるのかもしれない。

それだったら、その大事な過去を時折眺めながら過去が重なってきた今を大事にしたいなぁと思う。

どちらにせよ、私は「運命」を信じるし、信じたいなぁと思います。

だって、その方が、楽しそうじゃん。 

 

っていう、わたしの夏の思い出でした。

残り少ない関西での生活を楽しみつつ、本当に残り少なくなるように研究やらないと。

 

。。。。

あー!だらだらしたい!!!

(院生室のソファーで昼から熟睡しがちだけど。)

 

 

 

「同じ場を同じタイミングで共有したいじゃん。」らしいよ。

あれよあれよという間に前期が終わってしまったみたいです。

7月も終わり、そろそろ8月。

最近の贅沢は、クーラーガンガンの部屋でお布団に包まることです。

「くるまる」って「包まる」って書くんだね。

文字どおりだけど、なんか、いい。

 

前期は

来年度の私、何やってんだろう。。。

と考えつつも、結論が出ないまんま終わってしまいました。

そのうち、来年度どうなるのかも記せたらいいなぁと思います。

一応、やりたいことはなんとなく見つけて、それに向けて私なりにモチベーションはあげてます。。。。。一応。

 

それはさておき。

(いいのです。おいておきませう。そうしませう。。)

先日、ライブに行ってきました。

。。。

ってゼミの先生に言ったら

「きこえないのに、どうやって楽しむの?」

と言われたのですが。

まぁ、それなりに楽しみました。

 

春先のある日。

友人から一通のラインが届いたのです。

「7月に中野サンプラザ藤原さくらちゃんのライブがあるんだけど、行かない?」

ライブだって。

学部1年の時に東京女子流のライブに行って以来だよ。

あの時は、まだ左耳の聴力も今よりは若干良くて、

補聴器もしていなかった(結局この時のMCはよく聴き取れていなかったけど)

あの頃以来のライブだって。

ちょっと不安だったけど、

さくらちゃん、たまに聴くしなぁ。。。

くらいのノリで

「行く行く!」

と二つ返事をしたのでした。

 

当日。

中央線の車内で友人と待ち合わせていざ中野サンプラザへ!

MCは誘ってくれた友人が手話通訳してくれました。

その曲をどんな思いで作ったのか

今、どんな気持ちでさくらちゃんがステージに立っているのか

周りからどんな声援がとんでいるのか

そんなのをマジマジと感じながらライブに参戦したのです。

やっぱり、生のステージはいいなぁ。

音が身体に響いてくるし

臨場感がまた、いい。

今まで補聴器をしていなかった頃のわたしは、ライブに行ってもドラムの感じしかわからなかったんだけど

今回補聴器をしてライブに行ってみて、ギターとかキーボードの音もわかりました!

多分、事前にCDきいてて、そこに音があると知っていたからなのかもしれないけど。

でも、その、ライブって本当にいろんな音で構成されているんだなぁってしみじみ思った。

さくらちゃんが感極まって泣いちゃったシーンがあったんだけど、

MCを通訳してくれた友人のおかげで、感動も共有できた、そんな気がする。

 

今回は、事前にさくらちゃんの曲をウォークマンに入れて、めっちゃ聞きました。

歌詞も歌詞カードを見ながら知って。

だから、イントロと友人の通訳のおかげで大体の情報はつかめたんじゃないかな、と思う。

 

わたしね、

合奏中に指示内容をテイクしてくれたり、自分のパートを静かなところで吹いてくれたり

ミュージカルに誘ってくれたり

ディズニーでアナウンスの内容をスマホに打ち込んでくれたり

パソコンから流す音楽を共有しようと歌詞カードを検索してくれたり

ライブ会場でMCを手話通訳したり曲を手話で口ずさんでくれたり

そんな素敵な人たちに囲まれてます。

きこえないのに、どうやって楽しむの?」って思うのが普通だと思う。

自分が楽しみたい時に、わたしに通訳したりしなきゃいけないの、きっとだるいしめんどいと思う。

それでも、

「同じ場を同じタイミングで共有したいじゃん。だって、お互い好きなことなんだから」

って言ってくれるんです。

みんな。

「できないでしょ?」じゃなくて「どうやったらできるかな」

を自然に考えてくれるんです。

 

あー。

きょうも私の世界は幸せにまわってます。

だから、その、将来もね

「同じ場を同じタイミングで共有したいじゃん。だって、お互い好きなことなんだから」

の感じで、いろんな人の世界が回っていくような、そんな世界を作れたらいいなぁと思うのです。

 

そういえば、ライブが終わった後に吉祥寺に出てお酒を飲んだんです。

そしたらそこのお店の店員さんも前日にさくらちゃんのライブに行ってたらしくって。

最後に記念撮影してもらったのでした。

店員さんもちょこっと手話に興味を持ってくれて

「〇〇って手話でどうやるの?」

とか言ってくれて、それもまた、嬉しかった。

また、どこかでお会いできたらいいなぁ。。。

 

ってことで、学生最後の夏休みだし

明日からは、青春18きっぷの旅をしてきます。

わくわく。

もともと電車大好きなんだけど、先週までの帰省で毎日電車に乗って遊んでたらなんだかもっと電車に乗りたくなっちゃって。

道中に読みたい本もいくつか見つけたので、のんびりと本を読みながら電車の旅をするのです。

(研究も、するよ。パソコン、持っていくよ。)

てつがく。食わず嫌いしていたらしいよ。

6月から郵便料金が上がることに5月31日の夜に気づき

慌てて送らねばならない書類たちを郵便ポストに投函しました。

無事に届いてますように。

 

そういえば最近、テレビ電話先にもお腹の音が聞こえるらしく

(私には相手のお腹の音なんて聞こえない。ずるい。。。)

生活環境音には気をつけないといけないなぁと感じつつも

(一応寮生だから)

どうせ聴こえないし、とお風呂で人に会っても挨拶をしないという技を身につけつつあります。

(わざと視線をそらすのにも注意が必要なんだと学んでいる)

でも、談話室でテレビを見るときには消音にして字幕で見てます。

(やっぱり環境音に気づけないやつと思われるのはちょぴっとこわい。だけど大きいテレビで見たい)

 

本日の最高気温は28度で勿論半袖仕様となりました。

そんなこんなで毎日8時間睡眠をしないと生きていけない大学院生をしています。

 

以前も書いたんだけど、大学の図書館でアルバイトをしていまして。

教科書やら哲学書やらを配架しながらふと思ったのです。

 

 

 

なんで、「哲学」を「倫理」の授業で扱うんだろう。

 

 

 

いや、「哲学とは」なんていうたいそれた哲学を語る気は今の私にはさらさらないです。(考え出したら迷子になりそう)

でも、私の直感としては哲学って必ずしも倫理的じゃないと思うんですよね。

そんでもって、倫理って哲学的だと思うんですよね。

 

辞書で調べてみたけど

「倫理」・・・人として守り行いべき道。善悪・正邪の判断において普遍的な基準となるもの。

「哲学」・・・人生・世界・事物の根源のあり方・原理を、理性によって求めようとする学問。

 

ほら。

倫理ってあり方のひとつじゃないんですかね。。。

 

つまり

倫理→哲学 は成立

でもその逆の

哲学→倫理 は成立しないんじゃないかと。

 

まぁ、そもそも倫理の授業って何がやりたいのかさっぱりわからなくて基本的に爆睡していたし、

テストも「ま、普通に考えたらコレジャナイ?」くらいの当てずっぽうで解いて大体当たるという逃げ方をしてきたので

倫理=哲学=嫌い

となっていました。

大学の社会科学の講義も「哲学」って言葉が出てきた瞬間に虫酸が走って

ありとあらゆる手段を使って逃げました。

 

 

実際、本当はそんなに嫌いな理由もなくて。

哲学=なんか嫌

みたいな。そんな感じ。

理性なんかよりも直感の方がラクじゃない?

みたいな。

 

ただ、最近の私は

「なんで〇〇なんだろう」

の問いの答えを求めるべく

フレイレだってニイルだってラッセルだって読むようになったし

(まぁ、いいとこ取りしているだけなんだけど)

そもそも

「なんで〇〇なんだろう」

をぐるぐる考えることを結構面白いとさえ思うようになってきていて。

(ただ、時間があるだけなのかもしれない。お金はないけど。)

 

ある時ある人に

「わたし、哲学って嫌いなんですよねー」

って話したら

「そんなに常に哲学的な問いかけをしてくるくせに?」

と返されてしまったんですよね。

「なんで〇〇なんだろう。それはどうしてだろう。。。」

 

ばっかり言ってるらしいです。

最近の私。

まぁ、確かにそうかもしれないし

ちょっと「哲学」のこと食わず嫌いしてたのかも。

 

そもそも、

「なんで〇〇なんだろう」

って思ってさえいないのにただ偉人たちの言葉をひたすら並べられたって

「ふーん」

って感じだよな。と。

てか、思考なんて言葉で説明できるもんじゃなくない?

どうせ、後付けじゃろ。

って哲学って分野に対して感じてた。

 

でも、こんなにも自分の思考を言葉にできない現状を考えると

私の「倫理意味わからん」っていう偏見のせいで

6年くらい「哲学的」という言葉に対してアレルギー反応を起こしていたのは

ちょぴっともったいなかったのかもしれないです。

 

誰かの考えを押し付けられている気がしてたまらなかった倫理の教科書は

今読んでもやっぱり抵抗があるけど

自分が「なんで〇〇なんだろう」と思ったことを

同じように疑問に思って自分なりの考えを言葉にしている人の言葉を読んでいくのは結構楽しいもんなんじゃないかと気づくことができたよ。

っていうここ最近を過ごしているよ。

っていう生存報告でした。

新年度早々踏んだり蹴ったり、らしいよ。

どうも。

2月8日生まれB型です。

ついにM2になってしまったようです。

ついに講義も始まったようです。

 

ちなみにお花見は5回もしました。

うち2回は、今にもはち切れそうな蕾を愛でました。

小籠包を頬張り汁を飛ばしながら愛でた日もありました。

しかし、あくまでもさくらをみることが目的だったと思ってます。

小籠包、地味に美味しかったね。

 

先週、ヒョーゴに戻ってきました。

先日の身体計測で体重が前年比プラス約4キロという偉業を達成し

(ちなみに身長は1センチ縮んでいた)

問診の時にお医者さんから心配されながら今年度をスタートさせました。

きっとポケットの中にiPhoneを入れっぱなしだったことと

前日の夜ご飯に食堂で大盛りの白米を食べたことが原因なのではないかと信じております。。。

(あ、直前にお弁当とお菓子をおなかいっぱい食べたせいかもしれない)

 

そんなわたしが相変わらずやらかしてしまったお話。

 

 

 

ヒョーゴに戻ってきた日。

高速バスを乗り継ぎ大学の無料シャトルバスに乗りながら私は考えたのです。

 

はて。鍵はどこにしまったんだっけ。

 

そもそも鍵をバックに入れた記憶がない。

もちろんポケットにも入っていない。

 

あぁ、行きに着ていたトレンチコートの中だ。

 

ここまでは結構すぐに思考が回ったのです。

 

が、しかし。行きに着ていたトレンチコートはもうヒョーゴでは着ないだろうと思って実家に置いてきたのですよ。

神戸とかならまだしも、トーキョーに。

 

バスを降りて支援課に行くものの営業終了でドアにロックがかかっているし

とりあえず、警備員さんに泣きつく。

警備員さんにも

「こんなこと聞いたことないよ。」

「学部1年生さん?まぁ、早いうちに経験しておいってよかったね」

と慰められ、半ばふて腐れながら

「M2です。。。」

と答えてみたりして支援課に電話してもらったのでした。

ようやくつながり、支援課からスペアキーをお借りしてその日は無事自分のベッドで眠ることができたのでした。

 

鍵には気をつけましょう。

鍵には。

 

この春休みは

会いたい人と思う存分納得のいくまで会い

井の頭線をはじめとした私鉄・JRそして高速バスに感謝)

食べたいものは納得のいくまで食べ続け

(一晩で牡蠣を7つも食べたり)

さくら見たさで井の頭公園に4回も通い

(やっと思う存分タピオカを味わった)

随分楽しみましたが、本業は亀の歩みのようにのろのろとしております。

修了したくてたまらないのに修了が危ないのではないかというのが目下の悩みでございます。

 

にしても、さくらが散っていく様子を皆さんはどう表しますか?

「儚い」なのかなとも思うんだけど。

(人編に夢。人が見る夢はすぐに消えてしまうってのがまたなんとも言えなくなんかぐるぐるしちゃう。)

でもなんだか最近、さくらが散っていくその様子がこわかったりする。

咲いている時は大きなかたまりなのに

散っていく時は1枚1枚溢れるようにとんでいっちゃう。

一度とびだしたらもう止められない。

そんな感じ。

なんてことを思いながら、本日の雨模様を眺めているのでした。