地図は苦手だけど、路線図は好きらしいよ。

わたしの忘備録。備忘録。。。

エネルギー不足、らしいよ。

昨日、お花屋さんの前を通ったら

とっても可愛いフラワーアレンジメントが店先に並んでいた。

すぐに2人の顔が思い浮かんで「プレゼントしよう。」って思ったんだけど

そういえば2人にはもう会えないんだった。

お盆にお墓参りに行ったじゃない。

我に返って、ちょっと悲しくなった。

そんな9月。

 

仕事を始めてから

なんだかわたしがわたしじゃないみたい。

でも、なんでだろう。

それが分からずに悶々としていたら

半年も「書くこと」から遠ざかっていたみたい。

 

その原因は【エネルギー不足】らしい。

(院生時代のゼミの先生に指摘されたんだけど、今のところ一番しっくりくる)

 

好きなことは食べることとおしゃべりをすることと考えること。

あと、本を読むことも大好き。

多分、半年くらい前までのわたしはこんな感じ。

 

だけど今のわたしは

自分1人のためにランチに行こうとか思わなくなっちゃってたし

しゃべってはいるんだけどしゃべりながら思考することがなくなってた。ような気がする。

 

夏休み、久しぶりに院生時代のゼミの先生とカフェに行ったんだけど

1時間半の間ものすごく楽しくって。

何が楽しいのかって、しゃべりながらいろんなことが頭の中に浮かんでくること。

1話したら3ぐらい考えたいことが出てきて

ひたすら議論するんだけどね。

「こう思うんだけど、どう思う?」

ってしてる時間がとても好きなんだって思い出した。

仕事をしていると、「報告」はあっても「議論」はなくて。

「しょうがない」で片付けられちゃったり「愚痴」で止まっちゃったりすることが多すぎる。

「行動とその結果」じゃなくて「この時こう思ってた」をポンポンって語り合いたい。

 

あと、その時の表情も見たい。

仕事をしていると、なんだかみんな無表情だし。

ちょっと、さびしい。

テレビ電話で解決するのかといえば、なんだか足りない!なんてわがまま。

ちょっとした表情や息づかいも大事なんだなって。

やっぱり、同じ空気を共有するの、大事。

いや、テレビ電話だって楽しいんだけど。

非現実と現実が入り混じっている感覚が。

 

6年間の学部・院生活で、感じていた感覚はそう間違っていなくて

実際に自分が現場に立ってみて日々裏付けされていくことがたくさんある。

あの時2年間立ち止まったこと(立ち止まっていたという表現があっているのかはわからないけど、世間一般的に見たら立ち止まっているように見える、んだと思う。)にはちゃんと意味があった。

まぁ、そのおかげで悶々とすることも増えたけど。

 

とにかく周りから「思考を取り戻して!」と言われ続けた夏休み。

後半から久しぶりに読書にはまってます。

沢木耕太郎カポーティ遠藤周作谷川俊太郎・・・。

なかなかいい感じ。

誰かさんとの会話を思い出したりしながら

点と点が繋がって

悔しくなったりするぐらいの思考は戻りつつあります。

 

夏休み明けの目標は、自分を見失わないこと。

簡単なように見えて、意外と難しかったから。

海外までひとり旅、したらしいよ。

神様の話をした時に
あのタイミングでクリスチャンにならなくてよかった
って言った。
わたしにはまだまだ知らない神様がたくさんいるから。
なんだかんだ言ってご飯を食べる時に手を合わせる相手は、

神様じゃなくって目の前にあるご飯だったり料理や作物を作ってくれた人だったりする。
ご飯を食べる時に「いただきます」とご飯に手を合わせるのは、日本の文化らしい。
うん。わたしはやっぱり日本人なんだなぁ。

 

 

 

わくわくと不安とが入り混じって日本を出発してから一週間とちょっと。

旅が終わってしまう名残惜しさでちょっぴり泣きそうになりながらパナマを飛び立ちました。

行きも帰りも飛行機搭乗までの3時間は不安で泣きそうだったんだけども。

東京ではいますぐにでも家に帰りたくてたまらなくて免税店の試飲コーナーでお酒を飲んで気を紛らわせたし

パナマでは彼の隣に戻りたくてたまらなくてべそかいてた。

でも、飛行機に搭乗した瞬間東京では何が何でもパナマに行き着いてやるモードに切り替わったし

パナマでは何が何でも日本にたどり着いてやるモードに変わるから不思議なものです。


変わったことといえば。


行きの日本-メキシコ間は日本人通訳も乗ってたしカウンターで聴こえないことを日本語で説明していたから、機内食はあらかじめメニューを貰っていたし、放送内容も日本語のメモをいただいた。
メキシコ-パナマ間は、なんと日本人(しかもスペイン語ができる!)とたまたま席が隣同士になりまして。

入国審査も税関も一緒に通ってもらったから実はほとんどスタッフとやりとりすることがなかったの。
(パナマの入国審査では指紋も取られるんだけど、その時のスタッフのやる気のなさといったらこれまたすごい)
でもね、帰りは飛行機の中では何度も聴こえないことを説明して、筆談で(しかもできる限り英語にしてもらいながら)やり取りをしてきたのです。

お腹は空いてたし、メキシコだって入国させてもらえないと帰国できないんだからそりゃもう必死で。
田舎暮らしの中で少しずつ村の人たちと筆談や身振りでコミュニケーションを取った経験がちょぴっとできるにつながったんじゃないかな。って思う。
日本でも筆談を頼むのは苦手で、結構わかったふりをし続けてるからパナマなんてなおさらだと思ってたし

正直帰国の前々日くらいまで場所見知りというか人見知りを大いに発揮してパナマの彼をえらく困らせた自覚があるんだけど

思い切って1人で外に出てよかったなって思う。

全部で3時間半くらいだったけど。

でもそのおかげで、自分からコミュニケーションして伝わる嬉しさってすごいんだなぁって感じた。
ちょぴっと覚えたスペイン語を声に出してみたり。

これ、飛行機でも使えたので感動したのよ。

(スペイン語でやり取りして、日本の入国カード貰ったし、ギャレーに軽食取りに行ったりもしちゃったよ。わーい。)
あと、メキシコシティで出会った日本語を勉強中の青年にも思いっきり歓迎してもらったので、空港では迷うことなくスタバまでご馳走してもらって日本人通訳さんにつないでもらってと至れり尽くせりでした。


そんなわたしは相変わらず「誰かになんとかしてもらう」方式の「なんとかなる」人生を送っているわけなんですけどね。

周りに迷惑をかけない程度に準備した上で「なんとかしてもらう」ようにしたいと思います。

(今回、少なくとも旅先で迎えてくれる確約をした人たち以外には迷惑かけないように細心の注意を払って旅したつもりなんだけどなぁ。)
あと、わたしの環境適応能力は運動神経以上に鈍いみたいです。

だって、スペイン語でやり取りしようともがけるようになったの、ほぼ最終日。1週間かかった。
初日からホームシックにかかったし

4日目くらいにはお腹を下したり微熱を出したりっていう洗礼もちゃんと受けてきました。

 

 

初めての海外旅行。
初めての海水浴。
初めての停電断水。
初めてのカジノ。
いつも通りの何を言われているのかわからない世界。
でも、初めての何を読んでも分からないそして書けない世界。

 

これが、今回のわたしの収穫。

 

高校の修学旅行でちょこっとシンガポールとマレーシアに行ったことがあるだけのわたしにとって

1人で飛行機のチケットを取って海外に行くなんて初めての経験だった。
飛行機のチケットを取るのに1週間くらいかけたし(緊張して買えなかった)

買う瞬間の手の震えはそれはもうハンパなかった。
楽しみでしょうがなかったのに出国1週間くらい前から不安でどうしようもなくなって

聴こえないことでどうアテンドして欲しいのかスペイン語で作ってもらったり航空会社に連絡したりして、いざパナマへ。

 

日本にいても何を言われているのか全部わかるわけじゃないし

そんなのパナマに行ったって同じだろうって思ってた。
まぁ実際その通りなんだけど

たぶん日本にいる時よりも当たり前に通訳して貰ってたと思う。


良くも悪くも。


だって、わかんないんだからしょうがないじゃん。


みたいな。
日本にいれば見てわかるし

初めてのところでもなんとなく看板とかで方向とかもわかるけど

スペイン語は見てもわからない。


頼りっぱなし。


何があるのかわからないから

何も決められないしもたもたするし、そんな自分が嫌になっちゃったりした。

日本にいる時以上に自分から情報を取りにいこうとしないといけないし

喉が渇いたなら我慢しないで「水飲みたい」くらい言えばよかったと思う。
でも、自分がいまどんな状況にあるのか

(どこにいて、なにを決めなきゃいけなくて、なにを欲しているのか)

わかったのも、たぶん帰国前2日間くらい。

とにかく前に歩くだけで必死でなにも見えてなかった。
「お腹いっぱいって顔してるよ。」「水、飲む?」って言ってくれる人が横にいたから今生きてるけど

いなかったらたぶん容量オーバーなくらい食べて気持ち悪くなってたし

脱水で倒れてたと思う。笑

 


そういえばサンブラス諸島に行ったとき、補聴器を水没させました。海に。
案の定音が出なくなって2日間くらい乾燥ケースに閉じ込めて、錆びた電池ケースの入っていたところを一生懸命掃除しました。

なんとか復活しました。

よいこは真似しないでね。
でも、サンブラス諸島の海の綺麗さは格別。

あんな綺麗な海を見ちゃったらもう他の海にはいけないんじゃないかなぁ

ってくらいのThe☆南の島!ってところでした。

あれです。バカンス。

 

 

観光もそれなりにしたんだけど

滞在の約半分を過ごした首都からバスで約3時間の田舎町がとても良いところでした。
なによりも時間の流れがゆったりとしていて。
きもちい太陽の日差しと心地よい風。
停電断水になるとさらにゆったりとして
夜には空いっぱいに星が見えて
月ってこんなに明るかったんだー
ってなるような、そんな村。


街灯もほとんどない村だから、普段からも見える景色なんだろうけど停電断水のあの日の星空といつも以上にゆったり流れる時間が実はパナマ一番の思い出だったりします。


朝寢坊して起きて
朝ごはんだか昼ごはんだか分からないご飯を食べて
日向ぼっこしながらTwitterして
お晝寢をして
起きて日向ぼっこしながら本を読んで
夕方から村をただ歩いて散策して
サッカーしてる若者たちを眺めて日暮れを迎える。
サッカーが終わると帰宅して夜ご飯を作って食べて
おしゃべりしたり読書して
お風呂に入って
漫画を読んで
眠くなったら寝る。
なんて素敵な生活。


てのは振り返ったら言えるもので

わたしは暇を持て余すのがとっても苦手だから滞在中はおかしくなりそうで

というかおかしくなって毎晩ナーバスになってました。笑

昔から、暇を上手に過ごすことが課題なんだけど今回改めて突きつけられました。。。


でも、久しぶりにゆっくりと読書したのがとてもよかったのでしばらく読書を楽しもうかなって思ってる。

新居は徒歩圏内に図書館があるんだよ。
暇を上手に過ごせるようになったら、北海道・東北・信越あたりの田舎で暮らしたいっていう密かな将来像があるんだけど

溢れんばかりに欲がきています。

過去最高に。
まずしばらくは、商店街のある暮らしを楽しもうと思ってるけども。

 

あと、カジノね。
「カジノで散財してきた」なんていう人たちの話をなんとなく小馬鹿にしつつ

実はTHE MENTALISTのパトリック・ジェーンみたいにカジノでかっこよくpokerとかしてみたいと思い続けていたのです。
帰国前日に泊まったホテルのすぐそこにカジノがあってね

ぽろっと「カジノ、行ってみたいんだよねぇ」って呟いた結果行くことになったのです。

うふふ。
そこでもなんだかんだ場所見知りを発揮したんだけど

勧められてちょこっとドストエフスキーみたいにルーレットをしてきました。

まぁ、見事に全部外したけど。

でも、あの臨場感あふれる雰囲気とチップの感触を知ってカジノデビューしたつもりになってるので

嗜み程度にカジノに行けるオンナになりたいです。笑
帰りの飛行機では、早速ブラックジャックしてました。

あと、久しぶりにドストエフスキーの賭博者を読了しました。

取り敢えず次回のカジノではブラックジャックにも手を出したい所存でおります。

 

 

確かにかの有名な「パナマ運河」なんてところにも連れて行ってもらったんだけど

運河よりもそこから眺める空の青さと風の気持ちよさに惹かれたし

(時間帯的に船が通らなかったからかも。笑)
田舎の教会よりもあの星空や青空やきもちい風

お洗濯物を外干しするあの時間がすっごく好きだなぁって思うものだから不思議。
あと、ホンモノの海の透き通った綺麗さはもう圧巻。


そんな人の生活や街並みや生活のほんの些細なこと

ホンモノの自然と文化(もれなくタトゥーやピアスもかっこよく見えちゃう)に触れること。

 


日本にいてもわたしの周りには盲の友達だったり聾の友達だったり盲ろうの先輩だったりと触れ合う機会があるんだから

わざわざ海外に行って異文化に触れなくたって良いだろうって思ってた。


海外に行ってもないのに。


どうせ聴き取れないことばっかりだし、英語は苦手だし、わたしが海外に行くなんて無理って思ってた。


なにも調べないで、なにも考えないで。


というか、大学に入って聴力が徐々に低下して手話を覚えたわたしにとって、日本で生きていくためのコミュニケーション方法を手探りすることにいっぱいいっぱいで、世界なんて見えてなかった。
日本であそこまで通訳してくれた彼がいるから大丈夫だろうってちょっぴり甘え過ぎたところは勿論あったけど

その安心感のおかげでまたひとつ視野が広がったし

できないって決めつけてたことができるようになったし

なんならトマトもちょっぴり食べられるようになったよ。

 

 

明日街中で外国人と出会っても、わたしは筆談をしようと試みることは多分ないし

猛烈にスペイン語を勉強するわけでもないと思う。
でも、読み書きは聴こえなくてもできるし

そうやってもがいて生きる時間を知った。


いつも通りの毎日が続いていく。
きっと。


でも、ホンモノに触れて視野が広がって

自分の限界の境界線の位置がちょっぴり変わった。
それは、意味のあることなんじゃないかってなんとなく思う。
なにが変わるかなんて、まだまだわからないけど今すぐじゃなくていい。


そんな、海外までひとり旅だったのでした。
あと、海外旅行初心者のわたしをおんぶに抱っこで疲れ切ってくれた方にも深く深く感謝します。また、旅させてね。いっぱいいいお顔しようね。

 


さてさて。日本でも新生活が始まるらしいよ。

2017年も終わっちゃうらしいよ。

お久しぶりです。

長い長い修論の呪縛からひとまず解放されました。

なんとか、無事に提出したのです。

 

修論の執筆作業は、性格をよく表します。

ある人は、コツコツと。

わたしは、衝動的に。

ある人は、机に向かって。

わたしは、ソファの上で。

そうです。

昨年度、ソファの上で作業したあの日々にはちゃんと意味があったのです。

一人暮らしをするときには、まず、ソファを購入したい。

あわよくば、ソファの上で仕事をしたい。。。。

 

さて、そんなこんなで帰省してすぐに、補聴器の調整に行きました。

なんと、1年半ぶりの補聴器屋さん。そして、聴力検査。

 

この1年半

特に聴力が下がることもなく

特に補聴器が壊れることもなく

特にストックの電池がなくなることもなく

過ごしてきたのだけども

補聴器を装用し続けて生活するには、うるさすぎる。

でも、音がないと不安。

というわがままっぷりを発揮しながら調整してもらいました。

 

良い感じ。

 

私の耳ですからね。

つけ心地は大事です。

正直、購入してから一番のつけ心地じゃないかと自負しております。

補聴器屋さんに感謝です。

 

さてさて。

今年もいろんなことがありました。

いろんなことがありすぎて、正直自分自身でも整理できていません。

春にはふわっと終わりであり始まりである不思議な時間を過ごし

夏にはしれっと就活して

秋にはいそいそと働き

冬にはうんうんと論文を書きました。

 

やりたいことをやりきって

欲しいものは全力で欲しがって

「なんとかなる」と言いつつ周りに「なんとかしてもらう」

1年でした。

 

でも相変わらず

「あなた」の世界を知りたい。

のスタンスは変わらないでいると思う。

 

ある採用試験を受けるにあたって、わたしが情報保障の依頼をした時のこと。

その試験でわたしは、受付で補聴器の確認をされたり、本当にきこえにくいのかわからないからってその場で改めて「わからない」と自己申告するまでアナウンス原稿をもらえなかったり、(大学の大講義室なんていう大きな部屋だったのに!)面接に手話通訳をつけてもらえなかったりって経験をした。

面接にあたった部屋はたまたま狭くて反響の少ない部屋だったから良かったものの、ききとった内容が本当にあっているものなのか不安の中試験を受けることになった。

いやね、普通に試験を受けるだけでも不安になるのにききとれるのかなんていう健聴の人以上の不安をもって試験に臨む時点で平等じゃないよなって思ったり。

それに、なんでみんなのメガネは確認されないのに補聴器だけ確認されちゃうんだろうって。

ききとれないからって分かっているからあらかじめアナウンス原稿の配布をお願いしているのに、「きこえなかったら」言ってくださいってなんなんだろう。

いや、あんな広い教室で「わかりません」っていうの結構恥ずかしいんだよ。

結構音入ってたような気もするけど全部わかるなんて自信はもてないよ。

あぁ。きこえるかきこえないかの判断ができるんだったら最初からお願いしないんだけどな。

 

そもそも、「きこえる」ってどんな感覚なんですか。

 

それを切々に感じてポロポロ泣いたりした日もあったのです。

 

そしてこの前、中国から日本に留学してきている友人と話をしていた時のこと。

彼女がぽろっと

「学力や語学を見ないで中国人だからと〇〇ができないと決めつけられるのは悔しい。」

と言っていた。

そうなんだよね。

「わたし」を見ないで「わたし」の属性だけで何かを判断されたり実力を疑われたりするのってものすごく悔しい。

 

わたしの周りには、幸い「わたし」をみてくれる素敵な人で溢れている。

ポロポロ泣き続けるわたしに根気強く付き合ってくれる人がいる。

(この付き合い方、結果的にはとてもおもしろかった。)

わたしもそんな素敵な人たちを「あなた」として相手の世界を大事に大事にしていきたい。

 

4月からのお仕事も決まりました。

「あなた」の世界を知りたいよ。

を楽しんでいけそうなお仕事です。

 

プライベートでもちょっと冒険をしようと思っています。

正直こわくてしょうがないけど、これを乗り越えたらまた何かが始まるような気がしています。

わくわくしている気持ちも大切にしたい。

あと、やっぱり、思う存分甘やかされたいです。

偶然と必然は紙一重、らしいよ。

私はよく転ぶのですが、先日の保育健康論の講義で、なんと、右足に土踏まずがないことが判明しました。

歩くの結構好きなんだけどな。

寮ではスリッパじゃなくて草履を履いちゃうくらい気を使ってるつもりだったんだけどな。

 

先日宣言させていただいた青春18切符の旅から、無事帰還しました。

(帰還っていっても、2週間くらい前に)

西は加古川線、東は東北本線まで乗りました。

(5回にわけたけど。)

ある人から

「電車、本当に好きなんだね。もしくは、暇なんだね。」

とコメントされましたが。はい。まぁ、実際のところ両方ですよね。

(嘘です。調子乗りました。まだ試験も終わってないし研究もやることだらけです。)

最近行きたいのは、埼玉の鉄道博物館です。

京都の鉄道博物館もそれなりに楽しかったけど、

(寝坊したり交通手段の選択ミスったりネコと戯れたりしたせいでなぜか1階しか見れなかった)

JR東日本の方がやっぱり馴染みがあるから埼玉に行きたい。

(この前、ヒルナンデスで特集されてたのが決め手でしたね。メディアの影響、受けまくり。)

 

今回の青春18切符の旅、ちょっと漫画みたいなことが起こったので

私の忘備録、いや備忘録として記録しておきます。

えへへ。

 

それは、草津滋賀県)から東京都内へ移動するときのこと。

静岡駅で313系に乗車し、ちょっとはしゃいで車窓から見える線路をカメラにおさめ一息ついた私の目の前に、何やら見たことのある人が座っていたのです。

 

 

 

・・・。

 

ちょっと目を細めてみる。

 

(あ、やっぱり・・・)

 

ちょっと、手を振ってみる。

 

(気づいてくれない)

 

もうちょっと大きく手を振ってみる。

 

(やはり、気づいてくれない)

 

しびれを切らしたわたしは電車の中だというのにそれなりに大きな声で

「ちょ!おにいちゃん!!」

と呼びかけてみる。

 

ロングシートの向かい側に座っていた男性が、目を細めたと思ったらすぐに目を見開いた。

そして、笑い始めた。

 

「ちょ!なんでここにいるの?」

 

 

 

 

はい。

ロングシートの向かい側に、わたしの叔父が座っていたのです。

東京在住のはずの叔父です。

 

我が家の電車大好きは、母方の祖母・叔父ときてわたしまで受け継がれているわけなのですが、その叔父が何と同じ車両に乗っていたのです。

いやー、話を聞けば叔父は大阪からいそいそと青春18切符で旅をされていたそうで・・・。

 

 静岡から新宿まで、たぶん道中の3分の1くらいを叔父と過ごしたのでした。

 

偶然なのかな。

必然なのかな。

まぁ、どっちでもいいんだけど、きっとこの2つは紙一重なんだと思う。

あと、これが重なるのはきっと運命なんだと思う。

運命は、直感でわかるのかもしれない。

それだったら、信じた直感を大事にしたいなぁと思う。

もしかしたら、あとから振り返ってみて「あぁ、これって運命なのかもしれない」ってなるのかもしれない。

それだったら、その大事な過去を時折眺めながら過去が重なってきた今を大事にしたいなぁと思う。

どちらにせよ、私は「運命」を信じるし、信じたいなぁと思います。

だって、その方が、楽しそうじゃん。 

 

っていう、わたしの夏の思い出でした。

残り少ない関西での生活を楽しみつつ、本当に残り少なくなるように研究やらないと。

 

。。。。

あー!だらだらしたい!!!

(院生室のソファーで昼から熟睡しがちだけど。)