地図は苦手だけど、路線図は好きらしいよ。

わたしの忘備録。備忘録。。。

海外までひとり旅、したらしいよ。

神様の話をした時に
あのタイミングでクリスチャンにならなくてよかった
って言った。
わたしにはまだまだ知らない神様がたくさんいるから。
なんだかんだ言ってご飯を食べる時に手を合わせる相手は、

神様じゃなくって目の前にあるご飯だったり料理や作物を作ってくれた人だったりする。
ご飯を食べる時に「いただきます」とご飯に手を合わせるのは、日本の文化らしい。
うん。わたしはやっぱり日本人なんだなぁ。

 

 

 

わくわくと不安とが入り混じって日本を出発してから一週間とちょっと。

旅が終わってしまう名残惜しさでちょっぴり泣きそうになりながらパナマを飛び立ちました。

行きも帰りも飛行機搭乗までの3時間は不安で泣きそうだったんだけども。

東京ではいますぐにでも家に帰りたくてたまらなくて免税店の試飲コーナーでお酒を飲んで気を紛らわせたし

パナマでは彼の隣に戻りたくてたまらなくてべそかいてた。

でも、飛行機に搭乗した瞬間東京では何が何でもパナマに行き着いてやるモードに切り替わったし

パナマでは何が何でも日本にたどり着いてやるモードに変わるから不思議なものです。


変わったことといえば。


行きの日本-メキシコ間は日本人通訳も乗ってたしカウンターで聴こえないことを日本語で説明していたから、機内食はあらかじめメニューを貰っていたし、放送内容も日本語のメモをいただいた。
メキシコ-パナマ間は、なんと日本人(しかもスペイン語ができる!)とたまたま席が隣同士になりまして。

入国審査も税関も一緒に通ってもらったから実はほとんどスタッフとやりとりすることがなかったの。
(パナマの入国審査では指紋も取られるんだけど、その時のスタッフのやる気のなさといったらこれまたすごい)
でもね、帰りは飛行機の中では何度も聴こえないことを説明して、筆談で(しかもできる限り英語にしてもらいながら)やり取りをしてきたのです。

お腹は空いてたし、メキシコだって入国させてもらえないと帰国できないんだからそりゃもう必死で。
田舎暮らしの中で少しずつ村の人たちと筆談や身振りでコミュニケーションを取った経験がちょぴっとできるにつながったんじゃないかな。って思う。
日本でも筆談を頼むのは苦手で、結構わかったふりをし続けてるからパナマなんてなおさらだと思ってたし

正直帰国の前々日くらいまで場所見知りというか人見知りを大いに発揮してパナマの彼をえらく困らせた自覚があるんだけど

思い切って1人で外に出てよかったなって思う。

全部で3時間半くらいだったけど。

でもそのおかげで、自分からコミュニケーションして伝わる嬉しさってすごいんだなぁって感じた。
ちょぴっと覚えたスペイン語を声に出してみたり。

これ、飛行機でも使えたので感動したのよ。

(スペイン語でやり取りして、日本の入国カード貰ったし、ギャレーに軽食取りに行ったりもしちゃったよ。わーい。)
あと、メキシコシティで出会った日本語を勉強中の青年にも思いっきり歓迎してもらったので、空港では迷うことなくスタバまでご馳走してもらって日本人通訳さんにつないでもらってと至れり尽くせりでした。


そんなわたしは相変わらず「誰かになんとかしてもらう」方式の「なんとかなる」人生を送っているわけなんですけどね。

周りに迷惑をかけない程度に準備した上で「なんとかしてもらう」ようにしたいと思います。

(今回、少なくとも旅先で迎えてくれる確約をした人たち以外には迷惑かけないように細心の注意を払って旅したつもりなんだけどなぁ。)
あと、わたしの環境適応能力は運動神経以上に鈍いみたいです。

だって、スペイン語でやり取りしようともがけるようになったの、ほぼ最終日。1週間かかった。
初日からホームシックにかかったし

4日目くらいにはお腹を下したり微熱を出したりっていう洗礼もちゃんと受けてきました。

 

 

初めての海外旅行。
初めての海水浴。
初めての停電断水。
初めてのカジノ。
いつも通りの何を言われているのかわからない世界。
でも、初めての何を読んでも分からないそして書けない世界。

 

これが、今回のわたしの収穫。

 

高校の修学旅行でちょこっとシンガポールとマレーシアに行ったことがあるだけのわたしにとって

1人で飛行機のチケットを取って海外に行くなんて初めての経験だった。
飛行機のチケットを取るのに1週間くらいかけたし(緊張して買えなかった)

買う瞬間の手の震えはそれはもうハンパなかった。
楽しみでしょうがなかったのに出国1週間くらい前から不安でどうしようもなくなって

聴こえないことでどうアテンドして欲しいのかスペイン語で作ってもらったり航空会社に連絡したりして、いざパナマへ。

 

日本にいても何を言われているのか全部わかるわけじゃないし

そんなのパナマに行ったって同じだろうって思ってた。
まぁ実際その通りなんだけど

たぶん日本にいる時よりも当たり前に通訳して貰ってたと思う。


良くも悪くも。


だって、わかんないんだからしょうがないじゃん。


みたいな。
日本にいれば見てわかるし

初めてのところでもなんとなく看板とかで方向とかもわかるけど

スペイン語は見てもわからない。


頼りっぱなし。


何があるのかわからないから

何も決められないしもたもたするし、そんな自分が嫌になっちゃったりした。

日本にいる時以上に自分から情報を取りにいこうとしないといけないし

喉が渇いたなら我慢しないで「水飲みたい」くらい言えばよかったと思う。
でも、自分がいまどんな状況にあるのか

(どこにいて、なにを決めなきゃいけなくて、なにを欲しているのか)

わかったのも、たぶん帰国前2日間くらい。

とにかく前に歩くだけで必死でなにも見えてなかった。
「お腹いっぱいって顔してるよ。」「水、飲む?」って言ってくれる人が横にいたから今生きてるけど

いなかったらたぶん容量オーバーなくらい食べて気持ち悪くなってたし

脱水で倒れてたと思う。笑

 


そういえばサンブラス諸島に行ったとき、補聴器を水没させました。海に。
案の定音が出なくなって2日間くらい乾燥ケースに閉じ込めて、錆びた電池ケースの入っていたところを一生懸命掃除しました。

なんとか復活しました。

よいこは真似しないでね。
でも、サンブラス諸島の海の綺麗さは格別。

あんな綺麗な海を見ちゃったらもう他の海にはいけないんじゃないかなぁ

ってくらいのThe☆南の島!ってところでした。

あれです。バカンス。

 

 

観光もそれなりにしたんだけど

滞在の約半分を過ごした首都からバスで約3時間の田舎町がとても良いところでした。
なによりも時間の流れがゆったりとしていて。
きもちい太陽の日差しと心地よい風。
停電断水になるとさらにゆったりとして
夜には空いっぱいに星が見えて
月ってこんなに明るかったんだー
ってなるような、そんな村。


街灯もほとんどない村だから、普段からも見える景色なんだろうけど停電断水のあの日の星空といつも以上にゆったり流れる時間が実はパナマ一番の思い出だったりします。


朝寢坊して起きて
朝ごはんだか昼ごはんだか分からないご飯を食べて
日向ぼっこしながらTwitterして
お晝寢をして
起きて日向ぼっこしながら本を読んで
夕方から村をただ歩いて散策して
サッカーしてる若者たちを眺めて日暮れを迎える。
サッカーが終わると帰宅して夜ご飯を作って食べて
おしゃべりしたり読書して
お風呂に入って
漫画を読んで
眠くなったら寝る。
なんて素敵な生活。


てのは振り返ったら言えるもので

わたしは暇を持て余すのがとっても苦手だから滞在中はおかしくなりそうで

というかおかしくなって毎晩ナーバスになってました。笑

昔から、暇を上手に過ごすことが課題なんだけど今回改めて突きつけられました。。。


でも、久しぶりにゆっくりと読書したのがとてもよかったのでしばらく読書を楽しもうかなって思ってる。

新居は徒歩圏内に図書館があるんだよ。
暇を上手に過ごせるようになったら、北海道・東北・信越あたりの田舎で暮らしたいっていう密かな将来像があるんだけど

溢れんばかりに欲がきています。

過去最高に。
まずしばらくは、商店街のある暮らしを楽しもうと思ってるけども。

 

あと、カジノね。
「カジノで散財してきた」なんていう人たちの話をなんとなく小馬鹿にしつつ

実はTHE MENTALISTのパトリック・ジェーンみたいにカジノでかっこよくpokerとかしてみたいと思い続けていたのです。
帰国前日に泊まったホテルのすぐそこにカジノがあってね

ぽろっと「カジノ、行ってみたいんだよねぇ」って呟いた結果行くことになったのです。

うふふ。
そこでもなんだかんだ場所見知りを発揮したんだけど

勧められてちょこっとドストエフスキーみたいにルーレットをしてきました。

まぁ、見事に全部外したけど。

でも、あの臨場感あふれる雰囲気とチップの感触を知ってカジノデビューしたつもりになってるので

嗜み程度にカジノに行けるオンナになりたいです。笑
帰りの飛行機では、早速ブラックジャックしてました。

あと、久しぶりにドストエフスキーの賭博者を読了しました。

取り敢えず次回のカジノではブラックジャックにも手を出したい所存でおります。

 

 

確かにかの有名な「パナマ運河」なんてところにも連れて行ってもらったんだけど

運河よりもそこから眺める空の青さと風の気持ちよさに惹かれたし

(時間帯的に船が通らなかったからかも。笑)
田舎の教会よりもあの星空や青空やきもちい風

お洗濯物を外干しするあの時間がすっごく好きだなぁって思うものだから不思議。
あと、ホンモノの海の透き通った綺麗さはもう圧巻。


そんな人の生活や街並みや生活のほんの些細なこと

ホンモノの自然と文化(もれなくタトゥーやピアスもかっこよく見えちゃう)に触れること。

 


日本にいてもわたしの周りには盲の友達だったり聾の友達だったり盲ろうの先輩だったりと触れ合う機会があるんだから

わざわざ海外に行って異文化に触れなくたって良いだろうって思ってた。


海外に行ってもないのに。


どうせ聴き取れないことばっかりだし、英語は苦手だし、わたしが海外に行くなんて無理って思ってた。


なにも調べないで、なにも考えないで。


というか、大学に入って聴力が徐々に低下して手話を覚えたわたしにとって、日本で生きていくためのコミュニケーション方法を手探りすることにいっぱいいっぱいで、世界なんて見えてなかった。
日本であそこまで通訳してくれた彼がいるから大丈夫だろうってちょっぴり甘え過ぎたところは勿論あったけど

その安心感のおかげでまたひとつ視野が広がったし

できないって決めつけてたことができるようになったし

なんならトマトもちょっぴり食べられるようになったよ。

 

 

明日街中で外国人と出会っても、わたしは筆談をしようと試みることは多分ないし

猛烈にスペイン語を勉強するわけでもないと思う。
でも、読み書きは聴こえなくてもできるし

そうやってもがいて生きる時間を知った。


いつも通りの毎日が続いていく。
きっと。


でも、ホンモノに触れて視野が広がって

自分の限界の境界線の位置がちょっぴり変わった。
それは、意味のあることなんじゃないかってなんとなく思う。
なにが変わるかなんて、まだまだわからないけど今すぐじゃなくていい。


そんな、海外までひとり旅だったのでした。
あと、海外旅行初心者のわたしをおんぶに抱っこで疲れ切ってくれた方にも深く深く感謝します。また、旅させてね。いっぱいいいお顔しようね。

 


さてさて。日本でも新生活が始まるらしいよ。