地図は苦手だけど、路線図は好きらしいよ。

わたしの忘備録。備忘録。。。

新年度早々踏んだり蹴ったり、らしいよ。

どうも。

2月8日生まれB型です。

ついにM2になってしまったようです。

ついに講義も始まったようです。

 

ちなみにお花見は5回もしました。

うち2回は、今にもはち切れそうな蕾を愛でました。

小籠包を頬張り汁を飛ばしながら愛でた日もありました。

しかし、あくまでもさくらをみることが目的だったと思ってます。

小籠包、地味に美味しかったね。

 

先週、ヒョーゴに戻ってきました。

先日の身体計測で体重が前年比プラス約4キロという偉業を達成し

(ちなみに身長は1センチ縮んでいた)

問診の時にお医者さんから心配されながら今年度をスタートさせました。

きっとポケットの中にiPhoneを入れっぱなしだったことと

前日の夜ご飯に食堂で大盛りの白米を食べたことが原因なのではないかと信じております。。。

(あ、直前にお弁当とお菓子をおなかいっぱい食べたせいかもしれない)

 

そんなわたしが相変わらずやらかしてしまったお話。

 

 

 

ヒョーゴに戻ってきた日。

高速バスを乗り継ぎ大学の無料シャトルバスに乗りながら私は考えたのです。

 

はて。鍵はどこにしまったんだっけ。

 

そもそも鍵をバックに入れた記憶がない。

もちろんポケットにも入っていない。

 

あぁ、行きに着ていたトレンチコートの中だ。

 

ここまでは結構すぐに思考が回ったのです。

 

が、しかし。行きに着ていたトレンチコートはもうヒョーゴでは着ないだろうと思って実家に置いてきたのですよ。

神戸とかならまだしも、トーキョーに。

 

バスを降りて支援課に行くものの営業終了でドアにロックがかかっているし

とりあえず、警備員さんに泣きつく。

警備員さんにも

「こんなこと聞いたことないよ。」

「学部1年生さん?まぁ、早いうちに経験しておいってよかったね」

と慰められ、半ばふて腐れながら

「M2です。。。」

と答えてみたりして支援課に電話してもらったのでした。

ようやくつながり、支援課からスペアキーをお借りしてその日は無事自分のベッドで眠ることができたのでした。

 

鍵には気をつけましょう。

鍵には。

 

この春休みは

会いたい人と思う存分納得のいくまで会い

井の頭線をはじめとした私鉄・JRそして高速バスに感謝)

食べたいものは納得のいくまで食べ続け

(一晩で牡蠣を7つも食べたり)

さくら見たさで井の頭公園に4回も通い

(やっと思う存分タピオカを味わった)

随分楽しみましたが、本業は亀の歩みのようにのろのろとしております。

修了したくてたまらないのに修了が危ないのではないかというのが目下の悩みでございます。

 

にしても、さくらが散っていく様子を皆さんはどう表しますか?

「儚い」なのかなとも思うんだけど。

(人編に夢。人が見る夢はすぐに消えてしまうってのがまたなんとも言えなくなんかぐるぐるしちゃう。)

でもなんだか最近、さくらが散っていくその様子がこわかったりする。

咲いている時は大きなかたまりなのに

散っていく時は1枚1枚溢れるようにとんでいっちゃう。

一度とびだしたらもう止められない。

そんな感じ。

なんてことを思いながら、本日の雨模様を眺めているのでした。

さくらの開花が楽しみすぎて眠れないらしいよ。

さくらの開花が楽しみで楽しみで。

開花予想を見てはニヤニヤしている今日この頃です。

今年は東京でも兵庫でもお花見ができそうなのです。

さくらといえば福田洋介さんの「さくらのうた」が印象的でこの時期の私の頭の中でエンドレスリピードしております。

 大学時代に卒業式の式典演奏を2回ほど経験しまして、

送り出す側で演奏したのがこれ。

福岡では卒業式にさくらはまだ蕾で咲いていなくて、入学式の時には散り始めていて

仙台では入学式にさくらはまだ蕾で咲いていないんだけど

さくらってなんとなく卒業だとか入学だとかってイメージがあるのです。

 

さてさて。

明日は、私が大学時代一番お世話になったと言っても過言ではないある女の子の卒業式なのです。

彼女が小学6年生、私が大学2年生からのおつきあいです。

 

彼女と私の出会いは、その年の夏。

学習支援ボランティアの場で講師と生徒っていう立場で。

 

ボランティアとか支援って「何かをしてあげる」ようなイメージがあるけど

だいたい「してあげる」って思っている時は空回りしているんじゃないかな

っていうことをこの子ともう一人の女の子から学んだのが私の学部時代の大きな財産。

 

ただ単純にこの子とお話ししていることが楽しいのです。

私が。

学校でちょっと自信を持てたり、嬉しそうに部活の話をしてくれたり

そんな話を聞くと私まで嬉しくってニコニコできるし

聴こえないことで嫌な思いをした時は

一緒に怒って泣いて。

彼女の嬉しいや悲しいは私も嬉しくて悲しいし

私の嬉しいや悲しいにも全力で喜んでくれたり怒ってくれたりする。

そんな日常をこの子と過ごしてきたのです。

 

正直、私が彼女を支援したなんて大げさなことはなくて

ただ出会いの場がその「ボランティア」っていう場だった。

ただそれだけのことだったのです。

でも、私は彼女から得たものがたくさんあるし

きっと彼女も私との時間の中で得たものがちょぴっとでもあったらいいなぁと思っている。

いや、なかったら申し訳ないから全力で彼女と向き合ってきた。つもり。

 

学部時代に受けていた情報保障も

私が在籍していた大学では全てボランティアで行われていました。

空きコマを私の講義のために使ってくれているわけでしょ。

いい思い出を作って帰ってもらいたいなって思いながら4年間情報保障を受けてきた。

「あぁ、伝わったのかな。ちゃんと書けていたかな」

って毎回しょんぼり帰られるのは嫌だし

それなら

「うっしゃ!今日もテイクやったぜ!」

くらいの気持ちで帰ってもらいたかったし

支援学生と利用学生でありながらも、

出会った場は情報保障の場であっても、

一つの大事な出会いの場として大事に大事にしてきた。つもり。

 

ある時は支援者といわれる立場に

ある時は利用学生と言われる立場に

常に立ち続けていた4年間。

 

「大学生だしとりあえずボランティアを」

だとか

「単位のためのボランティア」

だとかってみんなきっかけはそれぞれだと思う。

それでいいと思う。

 

「ボランティア」が

「してあげるもの」でも「されるもの」でもなくて

同じ興味を持った人が集える一つの手段だと思えれば

どう出会ったかじゃなくてそこでどんな関係を築けたか

が私の世界を変えるんだなってことを教えてくれた大事な彼女の卒業式が明日に控えているのです。

 

彼女はどんな高校生になって、どんな人になっていくのだろう。

久しぶりに、顔を見てゆっくりとおしゃべりしたいなぁ。

あぁ、早くさくら並木をゆっくりとお散歩したいなぁ。

 

 

久しぶりに講義に手話がついたらしいよ。

コロボックル物語佐藤さとるさんがお亡くなりになり

ミッフィーディック・ブルーナさんがお亡くなりになり

おかあさんといっしょのだいすけおにいさんが卒業を発表した先週の木曜日。

慣れ親しんだものってこんなにもあっけなくいなくなっちゃうものなのか

と驚かされたのでした。

そういえば、保育園のバイトを辞めてからおかあさんといっしょ見なくなったなぁ。

もう、ブンバボンおどれないかも笑。

 

そんな先週はやっと関西に戻ってきて、早速集中講義があったのです。

大学院生活、最初で最後になるであろう聴覚障害分野の講義。

しかも、講義中先生が手話も交えながら講義をしてくださるという恵まれた環境での講義を受けたのでした。

講義中にみんなと同じ瞬間に笑えて、同じ瞬間に驚けるってこんなにも楽しいんだったね。

普段は情報保障もあるし、講義の内容が入ってくるからそれで十分だと思っていたけど

やっぱりみんなと同じ場を共有しているんだなっていう実感はすっかり忘れていたのかも。

 

友人に、

「あぁ。確かにあなたって孤独な感じで授業受けてるのか」

って言われたんだけども、テイカーさんがいる以上なんだか孤独っていう表現はまた違くて。

やっぱり日々のなんでもない会話こそどんな情報があふれているのか知りたかったりするんだよね。

みんなと同じ瞬間に、自然に感情を動かしたい。

面白い、楽しい、嬉しい、つまんない、怒り、悲しみ。。。

 

講義では、見えない人に見える世界をどうやって表現するかっていうワークショップをした。

スクリーンに映される画像を言葉で表現するんだけど

普段見えている世界をすべて言葉で表現するのは案外難しくて。

そのとき思い出したの。

聴こえる友達と出かけるときに、

「今、こんな放送がなっていたよ。」

「今、そこの外国人と職人さんがこんな会話をしていたよ」

って教えてくれたことを。

私の世界にはなかった音情報を知ることで、

モノクロだった世界に色が付くっていうそのイメージがなんだかしっくりくるなぁって。

マンガの吹き出しみたいっていう表現もあるみたいだけども

色が付く感じ。

静止画が動画になったような感じ。

あぁ、私の頭の中を説明できるような言葉をもっと知りたいよ。

 

そこに本当はあるのに、自分が気付かなかった世界を教えてもらうときほどワクワクする瞬間ってないよなぁ。

学部の頃の私は、正直自分の気づけなかった世界を知った時に

「あぁ、私ってこんなことも知ることができなっくって損してるな」

って思ってた。

でも、最近は知らなかった世界を知ることが単純に嬉しくて嬉しくて仕方がない。

多分ね、わたしが知っていて相手の知らないわたしの世界を

わたしが言語化して表現できるようになったからなんだろうなって思うの。

前までは、わざわざ自分に見えているものを言葉にすることなんてあんまりできなかったんだけど

いろんな人に出会って、自分の状況を説明するようになって、自分の中の当たり前は決して相手にとっても当たり前ではないんだってことを少しずつ学んでいるような気がするのです。

「聴こえない」を認めてそれを説明することができるようになって、生きやすくなったというかいろんな考え方に目を向けられるようになったのが幸せだ。

私が考えている間ちゃんと待っていてくれて、やっと見つけたことばを受け取ってくれる人がいるってよいねぇ。

 

さてさて、その先生が講義の最終日になんで講義中に手話をしていたのか教えてくれた。

聴覚障害児には、こんな配慮が必要っていう当の本人が

聴覚障害学生になんの配慮もしていなかったら、説得力がないでしょ」

だって。

まぁ、なんとシンプルな回答。

 

最近、研究で毎週のようにとある学校へ通っていて

その様子をエピソードに描き起こしている。

お子さんたちが可愛くて可愛くてしょうがないし、

先生方のかかわりから学ぶことがありすぎて

早く現場に出たくなった。

研究で何が大事なのかちゃんとことばにする練習をして

ことばにするだけじゃなくてちゃんと現場でそれを活かせるようになれればいいなぁ

なんて思いながらここ最近の自分を振り返っていたのでした。

 

そいえば最近、生まれて初めて肩がこるという現象に悩まされているのですが

解消する方法をご存知の方教えてください。。。

首がむくんでる気がする。。。

 

 

 

23歳になっちゃったらしいよ。

法事ついでに、しばらく東日本に居座ることにしたらしいよ。

仙台は相変わらずどこにどんなお店があるかわかっているから歩きやすいし

仙台駅を歩けば知り合いとばったり会うことができる。

トーキョーの実家では妹とアホみたいな話で2.3時間盛り上がれる。

相変わらず私の生活は、毎日楽しいです。

 

昨日、2月8日をもってついに23歳になってしまいました。

23歳といえば、私の母が私を産んだ歳であって

23歳のお誕生日の時点で母はすでに私を身ごもっていたようですが

まぁ、私はそんなことありません。

まず第一に学生だし。

定職にもついていない。

 

結婚願望はないわけではないし

好きな人とただ一緒にいたいだけ

その人と一緒にご飯を食べたい

そう言えるような相手と一緒にいられたらいいなあとは思っている。

子どもだって欲しいなぁと思う。

でも、焦ることでもないかなぁとも思うのです。

 

ひいおばあちゃんの時代、最終学歴は女学校だったし

10代で子どもを産むことが普通だったしそれはお見合いだった。

おばあちゃんの時代、最終学歴は高等学校だったし

うちは恋愛結婚みたいだけど、世の中ではまだお見合いが一般的だったしまぁ成人くらいが結婚適齢期だった。

母の時代、というか私の母は短大卒でハタチから働いていたし、

ま、23で子どもを産んでもおかしくはないかも。

さて、私はというと23でも学生をしている。

 

親が○○歳で出産をしたから私もそろそろ焦っちゃう

なんていう声も聞くけど

よくよく辿ってみればどの世代も結婚や出産の「普通」は異なるわけで

そんなに縛られなくても良いかなあと思うのです。

私にとってタイミングの良い時にその時私も相手も

あぁ、一緒にいたいな

と思う人と一緒になれたら良いなあと。

(あぁ、こんなことを言ってると一生夢だけ見ていて結婚できないかもしれない笑。)

 

そういえば、去年のお誕生日は葬儀社で迎えて

生まれた時間は火葬場で過ごしたのです。

あんなに濃い誕生日はもう2度とやってこないと思うのだけど

おばあちゃんはいつも言っていた。

「誕生日は、家族と過ごしなさい」

「人には謙虚にね。人との出会いを大切にね」

最後の最後に、私は親戚中にお誕生日を祝ってもらったんだった。

そして今年は、トーキョーの実家でお誕生日を迎えてみた。

家族と一緒にね。

何よりも

今自分にとって一番大事だと思うことを全力でやりたい。

 

。。。。。

課題に追われてる。

家族臨床心理学とか読んでるからこんなこと考えちゃうんだ。

つまり、期末課題を持ってトーキョーに来てしまった。

さて、やる・・か。